一週間ほど真冬並みの寒さになるという予報です。
妹から連絡があり、芦刈町の親戚が亡くなったという事で、「自分もお通夜、葬式に行けないので香典を頼むようにするけど、そっちの分もしとこうか」と言ってくれたので、そうしました。そして、後日、ことづけていた大町の親戚に挨拶かたがたお金を持って行きました。昔から商店街で衣料品店をやっています。訪問するのは何十年ぶりでしょうか。
店に入ると奥の方に私ぐらいの年の男性が居て知らない人だったので店を手伝っている店員さんかと思い、「南里さんはおられますか」と尋ねました。先方は怪訝な顔で、「うちが南里ですけど」と。直ぐに一つ年下の従兄だと分かりました。会うのは中学生以来です。お互い懐かしかったですが、商店街の寂れようは悲しいものです。子供の頃の商店街の賑やかだったことは今でも良く覚えています。夏祭りは、人でごった返していました。
その日はその足で母親が入所している老人保健施設の横の病院に向かいました。食事が喉を通らなくなり、用心のため入院する事になりました。一目様子を見なければと、早めに待合室で待っていましたが中々来ません。約束より15分ほど経って、事務の職員が入院の説明をしたいと声を掛けて来ました。母親はもう2回の病室に上がってしまっていました。病院も現在面会禁止になっています。前日に、対面はお願いしていたので流石に腹が立ち交渉して5分だけ会えました。
点滴だけなので、まともに声が出ず、私は励まさなければの一心で、「みんな心配してるけどコロナで会えんとよ」と大きな声で言いました。横に看護師がいましたが、私は目から涙が溢れるのを止める事が出来ませんでした。そんな事はいくらでもあるのは分かっていても、こんなに真面目に生きて来た人が辛い事になっているのが悲しくて仕方ありませんでした。